手放したモノ
モノに対する接し方が変わって来た、と書いた。
使い倒した、愛すべきモノも手元を離れて数日で忘れてしまったり。
ここのところ、”そんな感じ”が加速中。
…ただモノを追求する思いは強く、重くなって来ている。
正直これらは”無理矢理”な言い訳でもある。
無意識に「むりやり」忘れようとしているのかも。
また、単に次なるモノへの執着が手持ちのものを超えたからか?
あるいは算段がつかないから、であって。
新たなモノを迎えたい。
どうにも袖がふれない。で、仕方なく手元にある酒器の、愛すべきそれらから新たなモノの魅力に負けてしまうものを選んでいるに過ぎない、のかも。
貧数奇。
無理矢理想いを断ち切っているこのごろ。
そんな思いまでして迎えたものに裏切られる事も多々、あり(←モノは良いけど馴染まない、という意味で)。
「辛い経験が血となり肉となる」などと偉そうに、綴ってみるがどうにも。
手元を去ってもその触感は忘れられない。口辺に触れたあの感じやら、注ぎ様…。
趣味の世界であり、自らの、日々のストレスやらなんたらから逃げ込む場所であるのに、
苦しんでいたりする自分。
…でもやめるつもりは毛頭ない。
この、なんとも言えない感じがクリアになるのはいつだろう。ずっとこのまんまのよう、な。
![イメージ 1](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mstmrtrsp/20010101/20010101034150.jpg)